「アジャイル」とは、ソフトウェア開発の領域で生み出された仕事の進め方のこと。
従来のソフト開発は、仕様を固めて詳細な設計をしたうえで実際の開発に入りますが、この方法では、仕様変更が起きたとき、開発作業の修正に大きなコストがかかります。
そこで、仕様が変わることを前提にして、開発途中ですり合わせをしていく「アジャイル」が誕生しました。
そして今、アジャイルの進化版である「デュアルトラックアジャイル」が注目を集めています。
デュアルトラックアジャイルの基礎知識
デュアルは「2つの」、トラックは「検討領域」という意味を、そして、アジャイルは「開発手法の1つの名称」を意味します。
つまり、デュアルトラックアジャイルは、2つの検討領域を設け、段階的にアジャイルを進めていく手法です。
アジャイルは、ソフト開発において画期的な成果を収め、ソフト以外のものを開発する企業もアジャイルの考え方を用いるようになりましたが、アジャイルでも開発過程で支障が出ることがわかり、デュアルトラックアジャイルへと進化しました。
デュアルトラックアジャイルを理解するには、アジャイルについて知っておくといいでしょう。
アジャイルは「イテレーションを繰り返す」
仕様が固まり、「もう変更しない」と決まれば、開発は一直線に進めていくことができます。
しかし、開発に着手してから仕様変更が頻繁に起こる可能性がある場合、一直線に進めていくと修正に時間と労力とコストがかかってしまいます。
そこでアジャイルでは、大体の仕様が決まった段階で開発作業に入ってしまいます。
そして開発スケジュールを細かく区切り、1つの区のなかで「計画→設計→実装→テスト」を行います。1区で「計画→設計→実装→テスト」が終わったら、2区で「計画→設計→実装→テスト」を行い、それが終わったら3区で「計画→設計→実装→テスト」を行います。
「計画→設計→実装→テスト」のことをイテレーションといいます。イテレーションは「反復」という意味で、イテレーション1、イテレーション2、イテレーション3と繰り返していくので、そのように名づけられました。

イテレーションを繰り返していけば、例えば、イテレーション6に入った段階で、イテレーション4に関わる仕様変更が発生したら、イテレーション4、5、6だけをやり直せば済みます。つまり、イテレーション1、2、3は「生きます」。
つまり、アジャイルで開発をすれば、修正コストが安く済むわけです。
デュアルトラック化でシングル・アジャイルの弱点を克服
開発過程が複雑になると、単発のアジャイル(シングル・アジャイル)でも無駄やコスト増が発生するようになりました。
そこで、2つのトラックで検討を行う、デュアルトラックアジャイルがつくられました。
2つのトラックは「ディスカバリー・トラック」と「デリバリー・トラック」で、それぞれ、次のような特徴があります。
- ディスカバリー・トラック:開発メンバーが出したアイデアを仮説を立てて検証する
- デリバリー・トラック:検証の結果「確かなアイデア」と結論づけられたものを、商品レベルまで仕上げて、実際の消費者に提供してみる
難しい開発を手掛けるとき、開発チームのメンバーから、さまざまなアイデアが出てきますが、それらをまず、ディスカバリー・トラックで検証していきます。
検証では、「ビジネスモデルとして成立するか」「顧客がその価値を認めるか」といった点を確認します。
ディスカバリー・トラックによって厳選されたアイデアを、デリバリー・トラックに移します。デリバリー・トラックでは、試作品を商品レベルにまで引き上げたり、実際の消費者にそれを提供したりするので、時間と手間とコストがかかります。
しかし、ディスカバリー・トラックでアイデアが絞られているので、時間も手間もコストも最小限にすることができます。
導入するメリットとデメリット
自社の開発業務にデュアルトラックアジャイルを導入するメリットとデメリットを考えてみます。
メリット:リスクを少なくしながら新しい価値を創造できる
デュアルトラックアジャイルのメリットは、リスクを少なくしながら最良の製品をつくれることです。
アジャイルそのものが、頻繁な仕様変更リスクを減らす取り組みであり、そこにディスカバリー・トラックとデリバリー・トラックという2つの検討領域を加えているので、より確実にリスクを潰していくことができます。
安全マージンを大きく取ってもリスクを潰すことはできますが、それでは無難なアイデアしか残りません。
しかしデュアルトラックアジャイルなら、ディスカバリー・トラックで「ビジネスモデルとして成立するか」「顧客が価値を認めるか」といったことを検証するので、新しい価値を持つ製品をつくることができます。
デメリット:難しい概念で実行が困難
ここまでの解説で「デュアルトラックアジャイルを導入するデメリットはないのではないか」と感じた人もいるのではないでしょうか。
そのとおりなのですが、しかしデュアルトラックアジャイルは広く普及しているとはいえません。
それは、デュアルトラックアジャイルを開発の現場で実践することは簡単ではないからです。
先ほど、デュアルトラックアジャイルでは、開発チームのメンバーから出てきたアイデアについて仮説を立てて検証して(ディスカバリー・トラック)、確かなアイデアのみを、商品レベルまで仕上げて実際の消費者に提供する(デリバリー・トラック)、と説明しました。
しかしこの作業は「どの開発現場でも普通に行われていること」と感じる方が多いでしょう。
デュアルトラックアジャイルのポイントは「仮説」にあります。
質の高い仮説を用いなければ、ディスカバリーとデリバリーの2つのトラックを用意する意味がありません。
仮説を使った検証は、そのときどきの状況や消費者の動向を踏まえて、適切にアイデアを検証できる仮説を立てる必要があります。
確実に果実を得るには、開発チームが一丸となってデュアルトラックアジャイルと向き合わなければなりません。
デュアルトラックアジャイルの活用事例
AI学習やAI教育を開発しているatama plus(アタマプラス)株式会社は、デュアルトラックアジャイルを活用している企業の1つです。
アタマプラスの社員は、デュアルトラックアジャイルを実践してみて『不確実なアイデアを「どうするか」を考えられるようになった』としています。
不確実なアイデアには、よいアイデアも悪いアイデアも含まれています。つまり、不確実だからといって捨ててしまえば、よいアイデアを検証する機会を逸します。しかし、不確実なアイデアのすべてを検証していては、コストがかかります。
デュアルトラックアジャイルで不確実なアイデアを選別すれば、効率よくよいアイデアを俎上にのせることができます。
デュアルトラックアジャイルを学ぶのにおすすめの本
デュアルトラックアジャイルをさらに深く学ぶには「LEAN UX アジャイルなチームによるプロダクト開発 THE LEAN SERIES 第2版」(ジェフ・ゴーセルフ、:ジョシュ・セイデン著、出版社:オライリージャパン)がおすすめです。
著者の2人は、いずれも実際にプロダクトの開発に携わった経験があり、本書も実務的な内容になっています。
本書を読めば「自分が属している開発チームにデュアルトラックアジャイルを導入する方法」が見えてくるはずです。
まとめ
デュアルトラックアジャイルを導入するには、これまでの仕事のやり方を大幅に変更しなければならないでしょう。
開発チームのリーダーがデュアルトラックアジャイルを導入するには、チームのメンバーにこの手法を浸透させなければなりません。
開発チームのメンバーがデュアルトラックアジャイルを導入するには、チーム・リーダーに協力してもらわなければなりません。
なぜならデュアルトラックアジャイルはメンバー全員が実行しなければならないからです。
開発チームのリーダーもメンバーも、仕事の進め方にはこだわりがあるはずです。それを捨てて、あるいは捨てさせて新しい開発手法を構築することは、相当手間がかかるはずです。
ただ、デュアルトラックアジャイルが機能すれば、コストをかけずにリスクを減らしながら、最適解を見つけることができるので、試す価値は十分にあります。
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<参考>
アジャイル開発とは?今さら聞けない開発手法のメリット・デメリット(発注ラウンジ)
デザイナーがデュアルトラックアジャイルを1年経験してみての気づき(note)